もう歌しか聞こえない

さて、今回は2面ボス、ミスティア・ローレライの曲をネタにしてみようと思う。
この曲はある種のお約束ともいえる音階で出来ている。
以前幽霊楽団の雑考(id:rev-uhv2:20040219)でも取り上げた5音音階をベースに組まれている。
勿論要所ではそのスケールから逸脱した音もあるが、大まかな進行はこの範疇内に乗る。


そして、この曲の見せ場といえばループ直前の明らかな導音(第7音)からの半音アプローチであろう。
この楽曲中で唯一、西洋の音楽っぽい旋律的な動きを見せる。
また、この一音でこの楽曲の調性感を短調へ引き込むことを可能にしている。
この音の動きはそれほどに強力であり、自分にとってこの動きが大変気持ちのいいモノだったりもする。
が、当然この音の動きは5音音階には存在したいため、zun氏作曲の作品としては異質な物になる。




ここで一度話題を別方面へ移す。
この半音進行からAメロへループするまでに、メロディラインに紛れて何か聞こえたりはしないだろうか。
じつはこれはイントロからAメロへの移行時にも聞こえていたりするのだがお気づきだろうか?


………………そう、打槌式のベルの音がするのである。


この音はまさに目覚まし時計のアレにほぼ同じであり、いわゆるアラーム音となる。
当然ながらこの音はMidi版には含まれていない(か、もしくは確認不能なほどに薄い)のである。
これはzun氏の、MIDIしか付属しないWeb体験版はあまり乗り気ではない、という考えに符合するのかもしれない。
重要な要素が聞こえないのは作品としての完成形を与えないからであろう。


では、このアラーム音に込められた意味を考えてみたいと思う。
まず、目覚し時計の音ということで「目を覚ませ!」という意味があるだろう。
永夜抄作品中では夜雀、ミスティアの呪縛から逃れることを"目覚め"と見なせるだろう。
また、アラーム音としての「気をつけろ!」という警戒警報という意味も汲み取れそうである。
視認できる範囲が限定された状態で、様々な角度から襲いくる弾幕への注意を払うイメージが見事に重なる。
(しかも鳥目モードの開幕がイルスタードダイブ[不幸な急降下→死角からの急襲]という辺りも計算のうちか)




ここで先ほどの半音進行の部分を思い出して欲しい。
イントロを除いて曲ループ時にはその直前に半音進行が存在する。
その瞬間、聞き手の意識は必然的にメロディラインへと移行する。
そうすると、明らかに鳴っているはずの打鉦を、意識の中から除外してしまうことが往々にして起こりうる。
もしかしたら、この文章を読んで初めて気が付いたという方もいるかも知れない。


これは自分では全ての音を認識しているつもりでも、メロディライン以外を認識していないということになる。
人間の生理現象として、一度に認識できるオブジェクトには限界があり、認識した情報の一部を切り捨てることによって処理を速めている。
この場合、メロディラインを認識するために打鉦を無意識のうちに切り捨てているのだろう。
そしてここで初めて先ほどの半音進行が打鉦を隠す"目くらまし"という意味を持つのだろう。



そしてこの曲のタイトルは「もう歌しか聞こえない」である。
ここでいう歌とは単純に夜雀のさえずりのみを指しているのではなく、
歌(=メロディライン)のみを認識するために不要な要素(打鉦)を聞こえなくしているという
人間の生理現象をも指し示しているのかもしれない。
(そして、ミスティアの姓であるローレライはセイレーンであり、セイレーンはサイレンの語源である。サイレンと打鉦、何と言う因果か)


一目で理解しやすい物ほど、他の何かを見落としやすい物なのかもしれない。